1年生の子たちと食事を済ませた後、あたしは自分の部屋と化した保健室に戻った。
昨日、伊作に自分が魔法遣いで、未来から来た事を話した。話すその瞬間まで緊張してしまって、もしかしたら追い出されたり変人扱いされるかとさえ思った。だけど、伊作はあたしの事を信じてくれた。今日みたいに晴々とした気持ちで朝を迎えられた事に感謝したい。
僕はキミの味方で有り続ける。 明日香が苦しいとき、悲しいときには、必ず傍にいるからね。
ふわっと浮かんだ伊作の顔と言葉に、ものすごく恥ずかしくて頭を抱えてしまった。きっと耳まで赤いだろう。だけど胸の中が温かくなってくる。あのときは、ようやく自分の居場所を見つけたような気がした。
「だけど絶対、今は―――」
会ったらどんな顔をしたら良いかわからない、と呟きかけたところでドタドタと珍しく大きな足音が聞こえてきた。ハッとなって顔を上げたの同時に、伊作の声が戸の向こうで響く。
「今大丈夫かい?」
「え?!は、はいッ」
「じゃ、入るよ」
思わず声が裏返ってしまった。すっと戸が開く動作にも緊張してしまって、頬がカッと熱くなっていく。昨日の今日で、なぜこんなにも慌てる必要があるの?
「えっと……、どうしたの?具合が悪いのかい?」
「え?そんなこと、無い……大丈夫、大丈夫。それよりどうしたの?私服なんだね」
話題を逸らそうとしてやっと伊作を見たら、伊作は私服だった。いや、前にも見たはずなのに、またもやなぜか緊張してしまう。綺麗な薄紅の上着が、優しい気質の伊作にとても良く似合っていた。
「うん。実はね、これから町に行こうと思うんだ」
「へぇ」
「キミと一緒に」
「は?!」
じゃあ、その格好はあたしが既に行く事前提ということ……?
あたしが言わんとしている事がわかったのか、伊作は『あッ』と短い声を出して両手をバタバタと振る。
「いや、あの、ごめん。キミにも用事があるよね。全然考えてなくてごめんよ」
「謝らないで良いよ、別に用事も無いし……。だけど、何で町?」
町に出掛ける理由を聞くと、伊作は急に真剣な表情に変わった。あたしが自分の事を告白したときみたいな、そんな顔だ。
「が言っていた砂時計の情報を集めようと思うんだ。砂時計自体も捜そうと思ったんだけど、がいた村にまで戻るのはまだ無理だろう?だからせめて町で一緒に情報集めをしようかと」
「あ……。うん、わかった」
「?」
何だ、そういう事か。確かに砂時計が無い限り、あたしは未来に帰る事は出来ない。砂時計は一刻も早く見つけ出さないといけないだろう。
伊作が言う事は正しいし、むしろそうした方が良いってわかってる。なのに、伊作にそのつもりが無くても、この時代にいてはいけないと言われている気がして……。
「支度するね。また呼ぶからそれまで待ってて」
「うん、わかった。廊下で待ってるね」
あたしの様子がおかしいのは気付いていたっぽいけど、伊作は何も聞かずに下がってくれた。
あたしは着ていた上着と寝巻を脱いで、食堂のおばちゃんが用意してくれた着物を羽織る。赤色に花模様のある可愛い着物だ。ところが、赤い帯を片手に苦戦してしまう。
前に外へ出たときは覚えたばかりでどうにか斬る事が出来た。普段の寝巻は浴衣みたいに適当に着て、上着を羽織れば大丈夫だった。だけど今はすっかり着方を忘れてしまい、ここから先どう着たら良いかわからない。
「、どうしたの?」
「えっと……、着物が着れなくて」
「え?あ……、の時代にはもしかして着物着ない?」
「夏祭りとか、そういうときくらいになっちゃったから……。悪いんだけど、誰か着つけ出来る人呼んできてもらえない?」
「……」
ぎしっと立ち上がった音がしたのに、なぜか伊作は歩き出そうとしない。
「伊作?」
「着付けだったら僕がしてあげるよ」
「あーありが―――え?!」
そのまま『ありがとう』とお礼を言ってしまうところだった。びっくりして、あたしは着付け途中の格好のまま戸を勢い良く開けてしまった。
「伊作って着付け出来るの?!」
「―――って、驚くところはそこなんだ」
「だって、意外だったから」
不運だって言ってたし(関係無いかも)、着付けも出来ない感じがしていた。だけど、良く考えてみれば、包帯だって綺麗に巻いてくれるんだし、意外と器用なのかもしれない。
「忍者は女装も出来ないといけないんだよ。下級生の子たちに着付けしてあげたりしてるから、結構手慣れてるんだ」
「へ〜やっぱり忍者なんだね」
「感心するところそこなんだ」
「だって、あたしの世界に忍者はいないし」
あ、と思ったときにはもう遅かった。なるべく未来の事、特に伊作に関係ありそうな事は話さないように気をつけていたのに。焦ったあたしの瞳に映った伊作は、少しだけ驚いた顔をして、あたしの想像とは逆に穏やかに笑った。
「そうか……、忍者はいないんだね」
「う、うん」
「いなくても良い世の中になったんだね」
「!」
下級生の子たちが食堂で言っていた。伊作は、戦場で怪我をした兵士をいつも手当していると。絶対に見過ごしたりしないで、絶対に助けるんだって。それでも助からなかった人は、丁寧に埋葬していると。
伊作が生きている時代じゃないとわかっていても、伊作はそうやって嬉しそうにしてくれる。それが嬉しくて、あたしも自然と笑顔が移ってしまうのがわかった。
「伊作、嬉しそう」
「もね。さ、着付けしちゃおう」
「宜しくね」
あたしは両腕をカカシみたいに広げる。伊作は後ろに回って、着付けを始めた。
「後で自分でも出来るように、後ろからするね」
「わかった」
わかったけど、伊作の胸とあたしの背中が密着する……!
手当されるときに触れるときみたいな感じじゃない。広い背中に、脇の下から伸びる腕は完全に異性のもので、耳元で聞こえる声もまた異性の優しい低音。
「ここはこうやって持ち上げて……、こんな感じかな。後、帯は―――」
ずっと聞いていたいけれど、聞いちゃいけないような気がする不思議な感覚だ。それより何より恥ずかしい……!!現代でだって、こんなに異性に接触した事無いし、着付けてもらうなんて事は絶対将来的にも無いだろう。
伊作のあたしより一回り大きな手は、あたしのお腹辺りを行ったり来たりする。その度に心臓が跳ねて飛び出しそうになる。早く終わって欲しいような、そうじゃないような。さっきから矛盾した事ばかりを考えてしまう。
「はい、出来たよ。やり方覚えておいてね」
「うッ……うん!」
ごめん、全然頭に入らなかったよ!!誰かさんのせいで!!
伊作はしっかりと着付けてくれた。さっきまでぐちゃぐちゃになっていた襟元や裾は、アイロンでも掛けたみたいにピンとしている。丈も丁度良い。
着付けは終わったはずなのに、伊作が動こうとしない。
「……」
「…………、伊作?」
どういうわけか、伊作は着付けが終わってもあたしの後ろから離れようとしなかった。不思議に思って振り返ろうとしたとき、ぎゅっと腰に腕が回された。帯を直すとか、そんなんじゃない。捕まえられるみたいに抱きついてくる、みたいな感じの、あれ、で。
「い、さく……?」
「」
「何……?」
肩口に、温かい額を押し付けられてしまう。
「また着物が着れなかったら、僕を呼んでね」
魔法を遣っていないのに、
「他の誰かじゃなくて、僕を」
時が止まってしまったみたいに、思えた。
魔法が無くても、時は止まるんだ。
結局、町に行っても砂時計の情報を得る事は出来なかった。
『残念だったね』と言う伊作と歩く帰り道には、どこかホッとしてしまう自分がいる。
少し躊躇ってから、伊作はあたしにこう言った。
「砂時計の情報集めなのに……、逢引きみたいだなって思ったりしなかった?」
「!」
はにかむ伊作が、あたしと同じように緊張しているのだと繋いだ手から感じ取れる。
「思った思った!!」
そう返事をして握り返すと、伊作はパッと花が咲くみたいに笑って、それから恥ずかしそうに頭を掻いた。
それがすごく可愛くて、どうしようかと思った!!!