竹谷編6


今日もまた、逃げた毒虫たちを追いかけていたらこんな時間になっちまった。とっぷりと日が暮れて、星が瞬く空を見上げながらボサボサになった髪を掻く。いや、ボサボサなのはいつもの事か。
井戸の前で土で汚れた上着を脱ぐと、冷たい冬の風が容赦なく吹き付けた。袖無しの黒い中着だけではもう外を歩けないだろう。
ぶるっと身震いをして、オレはさっさと井戸の水を汲み上げる。水はさっきの風よりも冷たかったが、汚れたまま食堂に向かう事は出来ない。
指先から肘までを丁寧に水で洗い流し、また井戸の水を汲もうとして井戸の中を覗き込んだ。さっきは気付かなかったが、水面にはオレの顔とそして綺麗な星と月が小さく映っている。意味も無くぼんやりとそれを眺めていたら、べしっと頭に何か柔らかい物がぶつかってきた。サッと手に取って見れば太陽の匂いがする手拭いである。
振り向くと背後にいたのは、ふんわりと笑う雷蔵と、ニヤニヤ笑う三郎だった。

「お前、そんなにぼけ〜〜っと見ていると落ちるぞ?」
「夕飯食べ損ねると思って持ってきたよ」

雷蔵の手にはお盆。その上に、おばちゃんが作った夕飯が良い匂いを漂わせている。

「悪いな!ありがとう!」

オレは苦笑して手拭で濡れた手を拭くと、雷蔵と三郎が待つ縁側へと向かった。縁側に座って雷蔵からお盆を受け取り、まず味噌汁を啜った。味噌と出汁が絶妙な味を引き出し、冷え切った体に温かく染み渡る。空っぽになった胃袋には格別の味だ。次々に他のおかずにも箸をつける。
雷蔵と三郎もオレの隣に座り、いつの間にかお茶を啜っている。準備が良いな……。というか、もしかするとオレの事を待っていたんじゃないか?
オレの考えは正解らしく、雷蔵がもごもごと口を動かした。

「あのさ……ハチ……、最近何かあったの?」
「えっ?」

オレは里芋の煮付けを一瞬箸から落としてしまいそうになり、慌てて口へ放り込んだ。しっとりとした里芋を素早く噛んで飲み下す。

「オレ、何か変だったか?」
「『変だったか?』じゃないよ。ずっとおかしかったよ?さっきみたいにずっとぼんやりするし……」
「今日の座学だって木下先生に注意されて、宿題まで出されただろうが」
「あ〜〜……」

そういえば、昼間に授業で木下先生の話を聞いていなくて怒られたんだった。おまけに宿題も余計に出されるし、最悪だなホント。
オレは箸を置いて誤魔化すために別の話題を出そうとしたが、三郎が一足早く口を開いた。

「もしかして、恋でもしてるのか?」

ニヤッと人の悪い顔で笑う三郎が、あまりに核心を突いてくるもんだから、

「ああ」

と、つい返事をしてしまった。

「やけに素直だな。やっぱり前に言っていた年上の女か?」
「えっ?!あっ、うわ?!いやあの、今のは間違いで―――」
「ハチ好きな人いるの?!知らなかった!!」

ハッとなって言い訳しようとしたが、オレ以上に顔を赤くした雷蔵がキラキラとした目でオレの事を見てくる。逃げ道が完全に塞がれて、オレは喉を詰まらせた。きっと今オレは酷く情けない顔をしているに違いない。その証拠に三郎が玩具を見る目をしている!
オレは箸と煮物の器を床に置いて、ボサボサ頭を乱暴に掻いた。くそっ、耳が熱い……。

「三郎の言う通りで、その人の事だよ」
「え?年上の人って……まさか山本シナ先生?!」
「流石にあの人を好きになる度胸はねぇよ……」

山本シナ先生は年上で美人だが、本当はオレの3倍以上年上かもしれないのだ。本当の年齢は誰も知らない。学園内にオレよりも年上の女って言ったらまぁそうかもしれないけれど。
青冷めた雷蔵に三郎がオレの代わりに首を横に振る。

「外部の人間だって。なぁ、ハチ?」
「あ、ああ……」

そうだった。三郎にも『年上のお世話になった女』としか教えていない。

「へぇ…、どんな人か聞いても良い……?」

これ以上黙っている事も出来ないし、いつかは話す事になるだろう。知り合った経緯についてはくの一の授業も含まれるから話さねぇが、胸の内を2人に打ち明ける。

「……わからねぇんだ」
「わからないって、何がだよ?その女を好きなのかがわからないって事か?」
「そうじゃねぇ。好きだよ、その人の事は本気で好きだ。だけど……、どうすればその人のために……、いや、そもそも手助けを必要としているようには…………あだッ?!何すんだよ三郎!」

髷を思い切り引っ張られて首がグキッと鈍い音を立てた。首回りが痛んで押さえると、三郎は呆れた顔をしている。

「会話中に自分の世界に入るんじゃねぇよ」
「だから、どうしたら良いのかわかんねぇんだって!」

自分でもわけがわからなくなっているのに、他のヤツらに説明するなんてもっと無理だ。
眉間に皺を寄せて考え込むオレを、雷蔵は宥めるような口調で言った。

「落ちついてハチ。悩みの答えを出すんじゃなくて、僕らにハチの好きな人との経緯を整理してみてよ。そうすれば何に悩んでいるのか、きっと見えてくるはずだからさ」
「あ、そうだな……悪い」

ぎゅっと拳を握って膝に置くと、オレは星空を仰いだ。

「オレが好きな人は、遊廓の女郎なんだ」
「「ぶーッ?!」」

そうオレが言った途端、2人はお茶を盛大に噴き出した。おい、ちょっとかかったぞ!?
雷蔵は苦しそうに咽て咳を繰り返し、三郎はこの世の終わりみたいな顔をしている。

「……ついにここまできたかって感じだな」
「何でそんな憐れむような目でオレを見るんだよっ?!」
「知らなかったよハチ、キミがそんなに性欲を持て余していたなんて……」
「まぁ14歳だし―――って雷蔵もさり気なく酷いな!!」
「お前がどういう経緯で遊び女と知り合ったのかは興味があるが……これは経緯を話すまでもなく、お前、諦めろ」
「な……っ?!」

三郎に反論しようとして言葉を失った。三郎は普段のふざけた姿が嘘みたいに真剣な目をしている。ぐぐっと声が喉奥に引っ込む。不満いっぱいでいるオレに、三郎は呆れたように溜め息を吐いた。

「悩む事なんて無いだろう?相手は遊女だ。文字通りお前は遊ばれているだけなんだよ」
「そんな事はない」
「どうしてそう言い切れる?ハチは遊女がどういう職業なのか知らないのか?」

遊女とは、身体売って生計を立てる女。
男が金さえ払えば、股を広げる女。
一般的に言えば、卑しい者の代名詞みたいなものだ。
知っている。
それは。
でも。

「それは知っているに決まってるだろ」
「だったら―――」
「止めろよ三郎ッ!!」
「?!」

雷蔵が三郎の肩を強く掴んだ。雷蔵の温和な雰囲気はすっかりどこかへ消え失せ、怒りと悲しみを滲ませた目で睨みつけている。

「そんな事は、好きになったハチ自身が良くわかってる。わかっているから今苦しんでいるんじゃないか!」

雷蔵の言葉にハッとして三郎が気まずそうに俯き、『悪かった……』と小さな声で謝った。
だが、オレには雷蔵の言葉も三郎の謝罪にもピンとこなかった。
それはきっと、オレが既に遊女である事とかがどうでも良いからだろう。

「いや、良い。オレもきっとあの人と話していなかったら同じ反応をしていたと思うし……。っていうか、オレが悩んでいるのはもうちょっと違うところだと思う」
「え?どういう事?」
「オレって嫉妬深いのかなぁ……」
「「???」」

オレは2人に、が自分から遊廓の女郎になろうと決めた事、誰にでも抱かれる事、道具みたいに扱われても全く気にしない事、どんな相手も好きである事、いつも笑っている事を話した。話している最中何度三郎が口を開こうとしたか、何度それを雷蔵が止めようとしたか。
ようやくひと段落ついて、やっと雷蔵から喋る許可をもらった三郎が話し出す。

「ハチ、お前は相当変なヤツに惚れたみたいだな。すっげぇ痴女じゃねぇか」
「痴女って言うなよ!三郎もあの人と話したら、品の良さに目玉飛び出すぞ?」
「いくら教養があっても、遊女の中の遊女だろう?太夫になれば自分で客を選ぶ側になれるっていうのに、あえて散茶に留まってるだなんて変としか言いようがない」
「雷蔵は?!雷蔵はどう思う?!」
「う、うーん……」

雷蔵に縋る様に助けを求めたけれど、雷蔵は困ったように笑っている。オレを傷つけない様に言葉を選んでいるようにしか見えない。

「僕は、その人がいつも笑っている事が気になるな。お客さんを喜ばせるためにいつも笑っているのかもしれないけれど、やっぱり不自然に感じる」
「だよな?!」

自分と同じ意見を持っている雷蔵が眩しく見えた。

「オレは遊廓以外の世界を知ってくれたら、あの人はもっと良い方に変われると思うんだよ。相手の事を好きだと自分に思い込ませて、身体を壊してでも必要とされたいと思ってしまうなんて……そんなの悲しすぎる」
「だけどどうするんだよ?遊廓から足抜けさせるつもりか?」
「いや、身請けする」
「「ぶーッ?!」」

おい!またお茶がかかったぞ?!

「ハチ……、それ本気で言ってるの?!女郎を身請けするのって、花魁じゃなくても相当お金がかかるんじゃない……?いや、お金もそうだけど、身請けってつまり―――」
「金なら、オレが死ぬ気でどうにかする!!」
「本当に無駄に男前だよな、お前」
「?」

なぜだか三郎は照れくさそうに顔を歪めていた。オレは何か変だったか……?
しかし問題はここからだ。この事を考えると胸の中がもやもやと煙が立ち込めてくる。

「……身請けって言っても、身請けした後はあの人に自由にしててもらうつもりだ。これはオレの我が儘で、あの人自身はそれを望んでいない。だけど、女郎は身請けを断れないからな」
「ハチは、その人と一緒に生きようとは思わないの?」
「思いたいさ!!」

オレは拳に爪の痕が出来る位、強く強く握りしめる。歯がゆい気持ちが溢れて自分ではどうしようも出来ない。

「思いたいけれど……、きっと無理だ」
「どうして?!ハチの気持ちを向こうは知って―――」
「いや、オレに同情されていると思ってる」
「好きだって伝えていないのか?」
「ああ……」

オレは俯いてしまって見えないが、きっと雷蔵はくしゃくしゃな顔をしているに違いない。

「そんな……。好きだって言わなくちゃ、身請けの話もきっと軽く見られてしまうよ?ハチの気持ちがただの同情だなんて思われてるなら、誤解を解かなくちゃダメだよ!」





雷蔵の訴える声と、





ある条件を満たすお大尽様には、抱かれねぇと決めているのでありんす。





のあの日の声が、





心から、あちきを愛してくださる方でおす。





木霊する。





「言えねぇよ。言ったらきっと……」





優しいが、苦しんでしまう。





よ……し、………ちか……さ、ま……。





そのときが、最後の別れになってしまうのなら、オレは。





「雷蔵、三郎……」
「な、何だよ?」
「どうしたの?」

オレは額を両手でぐしゃっと掴むと前屈みになり、ぎゅっと瞳を閉じた。
罪悪感で身体の内側が真っ黒になっていく。
心配そうにオレの背中を擦る熱を感じたとき、廊下にオレたち以外の存在の音が聞こえて来た。足音に気づいてオレが顔を上げると、兵助が立っていた。長い癖のある髪が夜の闇と溶け合っている。
兵助を見るのは数日振りなのだが、なぜか数ヶ月も会っていないような感覚が訪れる。
それにしても、これは本当に兵助なのか?何だか様子がおかしいと目が合った瞬間に思った。

「兵助、また忍務だったの?夕飯はもう―――」
「さっき、遊女がどうとか言っていたな」
「兵助……?」

兵助の周りの空気はピリピリと張り詰めていて、こちらまでその空気に当てられてしまいそうだ。それに普段真ん丸い目が鋭い逆三角形になっている。こんなにも露骨に機嫌が悪いのを見せつけるようなヤツではないというのに。
ズカズカとオレに近づいてくると、兵助はいきなりオレの腕を掴んで無理やり立たせた。

「うわッ?!」
「どうしたんだよ兵助、ご機嫌斜めだな」
「うるさい!!」
「?!」

相当苛立っているらしく、兵助は三郎が触れようとした手を払い除けてオレを睨みつけた。黒い瞳がオレを射抜いて逸らす事を許さない。まるで敵と対峙しているかのようだ。

「お前少し落ちつけよ」
「八左ヱ門、お前は遊女なんかが好きなのか?」
「……兵助?」

兵助の口から飛び出したのは全く予想もしなかった言葉だったので、思わず名前を呼んでしまった。
掴まれた腕がみしみしと締めつけられるが、今は兵助の方が気がかりだ。

「遊女なんていうものは、男を得るためだったらどんな事でもする卑しい者たちだ。平気で嘘八百を並べ、地位を高める事しか頭にない。好きでも無い男に抱かれても何の後悔もしていない」

兵助は遊女に親の仇でもいるのだろうか。










吐き気がする。汚らしい










良くここまで喋らせたと自分でも思う。
オレは兵助に掴まれていた腕をぐるっと回転させて戒めを解くと、逆に兵助の腕を掴んで右腕を思い切り振るった。オレの拳は兵助の白い頬にぶち当たって、床へと叩き落とした。

「兵助?!」

雷蔵が悲鳴みたいに兵助の名前を叫んだ。
兵助め……、思い切り殴ったっていうのに受け身を取るとは流石い組だな。
床に膝を突いている兵助は殴られた頬を押さえることもしないで、口の端から流れる血を手の甲で乱暴に拭った。少しは堪えたらしく、鋭かった眼光が弱まっている。
オレは兵助を殴った拳を硬く握りしめたままで言った。

「兵助、確かにお前が言うとおりで、遊女は汚くて吐き気がする生業だ。けどな、暗殺も請け負う忍を目指すオレたちに、それを言う資格なんてねぇんだよ」
「!」

兵助の目が大きく見開かれていく。何かを理解したような、そんな瞳をしている。
兵助は『くそ……ッ!!』と吐き、ばさっと視界を覆う黒髪を払うと、脱兎のごとく元来た道を駆けて行ってしまった。
三郎も雷蔵もはたと我に返る。

「いったいなんだったんだアイツ?」
「わからないけど……でも、やっぱり何かあったみたいだ」
「放っておけよ。確かに兵助があんなに感情を剥き出しにするのは珍しいが、何かわかったような顔をしていたし、大丈夫だろ」
「ハチに殴られて大丈夫なわけないだろ!!」

雷蔵は『後で薬を持って行こうか、それとも保健室に連れて行こうか』と悩んでいた。
オレの悩みも当分は続きそうだ。
けれど、悩んでいるからってに会う事を止められるわけでもない。
そしてオレは、またに偽善で固めた嘘を吐き続けるのだ。





















後日、オレは遊廓の大門を潜った。の体調も気になる。
相変わらずここは賑やかなのだが、気のせいか今夜は華屋の周りだけ人数が少ない。いつも店の前で客引きをしている妓夫も姿が見えないので、オレは華屋の暖簾を捲った。

「すみませーん」

店の中は客の姿が見えない。また派手な格好をしている女郎たちや禿たちの出歩く姿もまばらだ。しかし見世は営業しているらしく、妓夫が忙しそうに走り回っていた。いったいどうしたんだ……?
首をかしげていると後ろから『あれま、坊やじゃないか』と遣手に声を掛けられた。振り向くと、遣手は手に酒の徳利が大量に乗っているお盆を運んでいるところだった。額には汗が滲んでいる。

「こんばんは。今日はどうかしたんスか?普段は料理を運ぶのって妓夫の仕事ですよね?」
「実はね、御大名がこの華屋を今夜貸し切りにしたいって言い出したんだよ。忙しいせいであたしまで駆り出されてね。馴染みのお大尽も困っていてさぁ……」
「それじゃ、今日はオレここにいたらダメって事ですか?」

せっかくに会いに来たのだが、店側にも都合があるだろう。ここまで来たが、貸し切りなんじゃ仕方が無い。……が、せめて一目の顔を見てから帰りたい。
しかし遣手はオレの傍に寄って耳打ちをしてきた。

「坊やだったら客には見えないからね。御大名はを指名したわけじゃないから、の部屋に直接行っても良いよ」
「えッ?本当ですか?!」
「但し、静かにしているんだよ?わかったね」
「ありがとう!!」

遣手は愛想の良い笑みを浮かべて奥へと引っ込んだ。そしてオレはがいる部屋へと急ぐ。
貸し切りにした大名は、花魁ばかりを侍らせているらしく、散茶女郎の部屋に足を運ぶごとに宴会の音が遠のいていった。
の部屋の前に到着すると、オレはまず何て声を掛けようか迷って一瞬襖に手を掛ける事を躊躇う。
ところが、部屋の中からガシャンという何かが割れる音が聞こえて、オレは一気に迷いを吹き飛ばして襖を思い切り開けた。
目の前に広がる光景。それは朱塗りの鏡が割れ、床に引き倒されて何者かに馬乗りにされているの姿だった。髪は乱れ、は真っ黒な忍び装束の男に口を塞がれており、今にも喉笛が男の振り上げている苦無で掻き切られそうになっているじゃないか!

!」

が殺される。
咄嗟にオレはの上に乗った忍者目掛け全身で突っ込む。背中を突き飛ばされた男は呻き声を上げて床に転がった。オレは直ぐの肩を抱き起こして顔を覗き込んだ。

、大丈夫か?!」
「八左ヱ門様……あちきは平気でおす」
「そうか、良かった……」

怪我をしていない事を確認してホッとするのも束の間、を襲った忍者はサッと立ち上がった。顔の殆どを黒い布で隠しているため、顔立ちは良くわからないが、背丈はオレとあまり変わらない。それにさっき突き飛ばしたときも、まるで自分と同じ年頃のような身体つきをしていた。

「忍者が遊女を暗殺しようだなんて、いったいどういうつもりだ?」

オレはを背後に隠すと、男を睨みつける。すると、男はビクッと肩を震わせてなぜか動揺した様子だった。それをチャンスとばかりにオレは男に飛びかかる。男もハッとなって応戦しようとするが、先にオレが胸倉を掴む方が早かった。オレは力の限りその忍者を床に叩きつけると、そのまま上に乗って拳を振るおうと力を込めた。

「止めておくんなんし!!」
「え……?」

が初めて大きな声でオレを制した。の方へ視線を向ければ、切羽詰まったがオレの振り上げた腕をぎゅっと掴んでいる。オレはの体温を感じて腕の力を抜いた。
オレが手を止めた事に安心したのか、はオレの下にいる忍者に視線を移した。オレもそれに習えば、息を飲むしか出来なかった。
忍者の覆面がいつの間にか解け、素顔が空気に晒されている。薄闇の中で月明かりが差し込むと、ぼうっと部屋が白く浮き上がった。
長い睫毛に丸い瞳。
散らばった癖のある黒髪が映える色白の頬には、殴られたような傷跡がある。
それはとても身に覚えのある傷跡。










どうして、兵助が……!?










を襲った忍者―――久々知兵助が、唇を噛み締めてオレを見上げていた。