主人公編3


と別れてから忍術学園に戻った竹谷は、翌朝学園長の庵を訪ねた。
竹谷はこれまでの事情を学園長に包み隠さず話し、どうにか久々知に暗殺を止めさせられないかを相談した。

「―――というわけなんです。どうか、兵助に遊女の暗殺を止めさせられないでしょうか?」
「ふむ、そういった事情があったか……。竹谷もさぞや辛かったじゃろう」
「オレはそれより兵助の方が心配です。思いつめたりしていなければ良いのですが……」

自分以上に真面目で優等生な久々知。その性格を考えると、今回の件で最も追い詰められているのは簡単に想像が出来た。

「久々知兵助が受けた暗殺の依頼は、わしが断ればそれで済む」
「本当ですか!?良かった……」

これで久々知はを殺さずに済む。自分とも対立しなくて済む。竹谷は心から安堵し、息を吐いた。
けれども、学園長は『しかし……』と渋い顔で言う。

「暗殺自体はそれで終わらんじゃろうな。久々知が殺さずとも、相手は別の刺客を送り込むだけの事じゃ」
「あ……!」

言われてみれば、最もな話だった。久々知が暗殺の依頼を断っても、他の誰かを雇ってを殺しに行く。結局はを護る事は出来ない。

「どうにかして、相手に諦めさせる事は出来ませんか?!」
「何事も、まずは情報を集めなければならんじゃろう。なぜ遊女を狙っているのか、その理由がわかれば突破口は見えてくるかもしれん。情報収集は忍者の基本。それを忘れたのか?」
「そっ、そうですよね……!オレ、兵助に暗殺依頼をした武家を探ろうと思います。どうか屋敷の場所を教えてくださいっ!」
「わかったから落着けい」

学園長は紙と筆を取り、依頼書を送ってきた武家が住まう屋敷の地図を描いた。竹谷はそれを大事そうに受け取る。

「ありがとうございます、学園長先生」
「良いか竹谷、無茶はするでないぞ?今は情報を得る事にだけ集中するのじゃ」
「はい、心得ています。……兵助はどうしていますか?」
「勘右衛門の話では、部屋に戻ってきていないそうじゃ」
「そう、ですか……」
「そう暗くなるな。久々知は優秀な生徒じゃ。お前が心配するような事など決して起きんよ」
「はい」

自分よりも優秀な者を案じても仕方がない。竹谷は心を切り替え、暗くなるのを待って地図に示された場所へ向かう。
完全に月が登り切った頃、目的の屋敷が見えてきた。

(ここが暗殺を依頼してきた者の屋敷か。随分と立派な門構えだな。それに、普通の武家よりもでけぇ……)

重厚そうな門の遥か奥には、立派過ぎる邸宅がどっしりと建っている。古い建物だがボロボロというわけではなく、長年この地を治めてきた豪族だと伝わってくるようだ。黒光りする屋根瓦が三日月の淡い光で仄かに輝いていた。屋敷を囲っている長い白壁はどこまでも続いており、内部の様子は詳しく伺えない。

(さて、どうするか……)

竹谷は門番の動きを観察出来るポイントに身を潜め、様子を見る。門番が移動するのを見計らい、高い木へ登った。ここからだと、塀の中まで良く見える。ここでなら侵入経路を見出せるかもしれない。そう思ったときだった。いきなり黒い塊が此方へ向かって飛んでくるではないか。

「カァーー!!カァッ!」
(うっ、うわ!?何だ……?!)

それは大きな1匹の鴉だった。なぜか自分に向かって襲い掛かってくる。鋭い嘴で竹谷の頭を小突いてきた。激しい攻撃を浴びせられ、竹谷は半分パニック状態だ。
いったいどうしてこんな目に?そう思って直ぐ上を見上げると、そこには親を待つ鴉の雛が巣の中に収まっていた。十中八九この襲い掛かる鴉の子供たちだろう。運悪く鴉の巣に近づいてしまったのだ。
繰り出される鴉の攻撃を避けようとしたとき、竹谷は木の幹に添えていた手を滑らせてしまう。

「わあああっ?!」

思わず悲鳴を上げてしまい、竹谷は真っ逆さまに木から落ちてしまった。空中でどうにか体制を立て直し、着地こそ失敗しなかったが、じんと足全体が痺れた。

「何だ今の音は?」
「こっちだ!」
(ま、まずい……!)
「おい、ここに忍者がいるぞ!」

咄嗟に隠れようとしたが、間に合わずに見張りと思われる男たちに見つかってしまう。松明で照らし出され、竹谷は一瞬どうするか迷った。戦うにしても、人数からして勝ち目は無い。身構えながら思案を巡らせる竹谷だったが、見張りの男たちの次の言葉に唖然とした。

「ん?お前は忍術学園の……。随分早かったな、忍術学園の使者よ。当主様が中でお待ちだぞ」
「文を出したのは少し前だったはずだが……。まぁ文が無事に届いたのなら何よりだ」
「へっ?」

何だか良くわからないが、見張りの男たちは竹谷を攻撃してこなかった。それどころか、竹谷の事を待ち侘びていたかのような態度である。

「えっと、オレは……」
「丁度良い。依頼の経過報告をしに来たんだろう?さ、中へ入れ。当主様は機嫌が悪いから、余計な事は申し上げるんじゃないぞ」
「ええ?……あ、はい。わかりました」

どうやら、竹谷を暗殺依頼の経過報告に来た忍たまだと勘違いしているようだ。しかし、これは屋敷へ堂々と入れる絶好の機会。竹谷は話を合わせ、屋敷の中へと招かれた。
屋敷の中も外観と同じく重厚で、歴史を感じる。時折擦れ違う侍女たちは皆静々と歩き、竹谷に軽くだが丁寧に頭を下げた。
客間に案内され、竹谷は床に正座で着席する。背筋がピンと伸びるような空気に包まれ、落ち着かない。今になってこの格式ある武家の当主に会う事に恐れを感じた。
暫くして、襖がすっと開いた。侍女が先に入り、竹谷に向かって一礼する。

「御当主様の由親様がお会いになられます」
(『ヨシチカ』……?その名前、どこかで聞いたような……)

咄嗟に顔を上げてしまったが、慌てて竹谷は頭を下げて当主の着座を待つ。当主と思われる人物が上座へ座った音が、静かな客間に響いた。雪洞の明かりが淡く部屋を照らし出す。

「貴様はそのまま伏せていろ。忍者ごときが、私を拝顔出来ると思うな」
「はッ」

相当機嫌が悪いのか、その声が刺々しい。けれども、想像していたより若い声だったので内心竹谷は驚いていた。

「……ん?待て。お前、面を上げよ」
「…………」

顔を伏せていろと言われたり上げろと言ったり、気分屋らしい。竹谷は黙って顔を上げた。正面に見える御簾は半分だけ下げられており、当主の顔は丁度隠れているため見えない。けれども背格好からして同じ年頃だとわかる。
当主は竹谷の顔を見て何かに気づいたらしく、不機嫌そうに呟いた。

「お前、あの者ではないな。まぁ良い。先ほど出した文は無駄になるが」
(あの者……?)
「忍術学園の生徒よ、あの者―――久々知兵助に伝えよ。遊女の暗殺依頼は取り下げる」
「!ほ、本当ですか?!」

これが本当なら、竹谷の望みは早々に叶った。竹谷は安堵の溜息を吐く。同時にドッと疲れが肩に伸し掛かってきた気がした。

(え?でも何で突然取り下げるなんて……。いや、それより知りたい事がある)

竹谷は思い切って質問をしてみた。

「どうして遊女を暗殺しようとしたんですか?」
「私に意見すると申すか」
「意見というか……質問です」
「そんな事を知って何になる?忍術学園は、そんな戯言ばかり述べる者が多いと見える」

竹谷からすれば、この質問にはどうしても答えて欲しかった。自分の愛する人を殺されかけ、しかも殺そうとしたのが友人だったのだから。理由を知って納得出来るものじゃないとしても。
当主は少しの間黙っていたが、やがて御簾の向こうで笑みを浮かべながら言った。

「この世には、生きているだけで恨みを買い、罪に者がいるという事だ」
「な……、何ですかそれ。生きているだけで、罪になるなんて……!遊女が……が、アンタに何をしたって言うんだよッ!」

相手が位の高い者だという事も一瞬忘れた。だが、竹谷は立ち上がろうとする気持ちを必死に抑え込み、頭を下げた。
当主は竹谷の無礼な物言いにを気に留めなかった。しかし、ある一点が気になったらしい。静かに、けれども重く言葉を発する。

「『』が、遊女として名を売らず、安穏と生きるただの娘だったなら、もっと長生き出来たものを」
「!……どういう意味ですか?」
「久々知は時間がかかり過ぎた。久々知を選んだ理由があるにせよ、私はあまり気が長い方ではない。ならば、他を使うしかなかろう?」

衣擦れの音がして、当主が竹谷に近づく。顔を伏せたままの竹谷の顎を無理やり掴むと、自分の方へ向かせた。
苦しげに竹谷は呻いたが、当主と目を合わせた瞬間に息が出来なくなった。





あの方は、良く似ているのでありんす。





あちきが捨てた、弟に。






には既に別の暗殺者を向かわせた





友である久々知兵助と同じ顔。





武家の当主―――の弟が、そこにいた。





















同じ頃、は自室で戸が開く時を今か今かと待っていた。

(八左ヱ門様……、あちきは、どうしたら……)





オレは、お前を愛してる。





本当に真っ直ぐな言葉だった。は竹谷の気持ちを知らない振りをして、本当は既に知っていたのかもしれない。

(知っていて、それでも会いに来て欲しいと思いんした。あちきを真に愛する方とは、会ってはならないとわかっていたのに)

女郎として愛され過ぎた。心から自分を愛する人が、傷つく様子を見たくない一心だった。
女郎が客相手に本気になってしまった例は少なくない。それでも最後に2人が幸せになったという話は少ない。いや、無いだろう。遊郭とはそういう世界だ。2人で逃げ出せば、必ず掴まって厳しい処罰を受ける。男は死罪だ。
このまま竹谷が客として通うに留まるとしても、その度に虚しさや苦しさを伴う。
そして、気になるのは久々知の事だ。竹谷の背中に隠れて対峙したときの、苦しそうな表情。それがの脳裏に焼き付いている。
彼になら、殺されても良いと思った。独占欲の強そうな人。暗殺依頼とは関係無く、がこれ以上遊郭に囲われているのは耐えられない様子だった。

「なぜ、あちきを選ばれたのでありんすか……?」

ぽつりと呟いたときだった。カタっと小さな物音がして、はハッと身体を揺らす。





必ずまたここに戻るから、戸の鍵を開けて待っていてくれ。





竹谷がここへ戻ってきたのだ。そう確信してはゆっくりと立ち上がる。そして、戸に手をかけた。
は知らない。
久々知ではない、別の暗殺者が自分へ差し向けられているという事を。