草木が寝静まる時間に、久々知は学園に戻った。こんな夜でも事務の小松田は自分の役目を果たし、久々知にサインを求めてきた。苦笑しながら久々知はそれに応じて筆を受け取る。
門から中へ入ると、虫の鳴く声だけが響いている。昼間はあれだけ騒がしいというのに、夜はこんなにも静かだ。今夜は鍛錬をしている6年生が実習で外出しているから、余計に静かに感じるのだろう。足音を立てないようにしながら、久々知は自室がある5年長屋へ向かった。
遊廓の香の匂いが僅かに感じられ、まだあの光景が目に焼き付いている。赤提灯と、無駄に豪華な部屋と、そしての姿だ。
(忍務は達成した……)
久々知は、依頼通りに病死を装うため、遅効性の毒をの茶筒に仕込んだ。味も特にしない毒薬なので、恐らく気付かない。飲めば数日でじわじわと毒が全身に巡り、やがて発熱や頭痛などの風邪に似た症状で死に至るのだ。職業柄遊廓で女郎が体調を崩し、死んでしまうというのは珍しくもない。周りの人間も、の死に疑問を抱く事は無いだろう。
忍務は成功したと言って良い。しかし、久々知の心は妙に晴れない。既に忍務は何度も経験しているはずだが、動悸がする。まるで、初めて忍務をこなしてきたときのように。それに、大きな喪失感を感じる。
「……何か食べるか」
「何を食べる?」
振り返ると、背後に勘右衛門が立っていた。寝巻を着てはいたので、厠の帰りだろうか。
「勘右衛門」
名前を呼ぶと、へらりと笑った。
「おかえり兵助。夕飯、まだだろ?一緒に作ろうぜ」
各長屋には夕食を作るための簡易台所が設置されている。
「いや……、オレ1人でも大丈夫だ。勘右衛門は先に寝ていてくれ」
「オレが食べたいだけだし、いいからいいから」
「うわっ、そんなに引っ張るなよ勘右衛門……!」
勘右衛門はさっさと久々知の腕を取って、台所へ連れて行く。頼りない蝋燭の灯りの中で、釜戸の燻った匂いがする。釜の木の蓋の取っ手に触れると、じりっとした熱さが指先に走った。蓋を開けると、そこには既に炊き上がったばかりの艶々の米がぎっしり詰まっていた。米の甘い香りは、空腹の腹に染みるようだった。
久々知の背後にいた勘右衛門が得意気に笑った。
「さあさあ何を食べる?おにぎりにしようと思って、中の具は色々な種類を用意してあるよ」
「勘右衛門……」
勘右衛門が嬉々として具を皿に並べる姿を見て、久々知の口元が緩んだ。久々知が帰る頃合いを見計らい、米を焚いて待っていてくれたらしい。
久々知は勘右衛門と一緒におにぎりを握った。熱い米に苦戦しながらも、少し多めの塩で握る。中の具は昆布、梅、おかかなどを詰めて、1人3つは食べられる量を作った。海苔が無い事が残念だ。
自室に戻り、2人はさっそくおにぎりを食べ始めた。部屋には既にいつでも寝られるよう、布団が敷いてあった。これも勘右衛門がしてくれた事だ。
「悪いな、勘右衛門。夕食の用意をしてもらって」
「いや、オレも兵助と食べたかったし。朝と昼はともかく、夜は忍務でここ最近ずっと外に出てただろ?独りで食べるのって寂しいじゃんか」
「そうだな……」
言われてみれば、最近は勘右衛門や他の生徒たちと夕食は共にしていなかった。独りで簡単に済ませてから遊廓へ忍務に出掛けていたので、こうして誰かと一緒に夕食を食べるのは久しぶりである。
久々知はふっくらしたおにぎりを、大切に一口ずつ噛み締めて食べた。独りで済ませるおにぎりよりも、やはり2人で食べるおにぎりの方が美味しく感じられた。
勘右衛門は指先について塩をぺろりと舐めて、こんな話をした。
「そういえばさ、八左ヱ門も夜になると出掛けてるって知ってた?」
「八左ヱ門が?」
「そうそう。最初はまた毒虫探しかと思ってたんだけど、学園の外に出掛けているみたい」
「外へ?オレと同じで、忍務に出ているんじゃないか?」
忍務ならば、夜に学園の外へ出ていてもおかしくはない。
勘右衛門は『う〜ん』と唸ってから神妙な顔に変わる。
「本人に『忍務?』って聞いたら違った。忍務じゃないのに、教えてくれないんだよ。下級生が夜に八左ヱ門と擦れ違ったとき、『白粉の匂いがした』って言ってたのが気になるんだよなー。白粉って言ったら、やっぱり女絡みじゃない?」
「まさか。八左ヱ門と女って全然結びつかないぞ」
「だよねー、それはわかる」
竹谷本人が聞いたら怒り出しそうな会話だった。
「けど……、確か八左ヱ門は年上の女性に贈り物をしたいと言っていたっけな」
「それじゃ、本当に……?!八左ヱ門も隅に置けないなー。今思えば、何だかんだで最近は特に機嫌が良さそうだった」
「そうなのか?それは大変な事になりそうだ」
「どうしてさ?」
「八左ヱ門に見初められた女性が、な」
「ああ、なるほど」
少し2人で笑っていたが、再び勘右衛門は眉を顰める。
「それと、兵助も近頃変だよね」
「あ?オレのどこが変だって言うんだよ?」
「忍務に出掛けるようになってから、八左ヱ門と同じ事してるじゃん」
「そんな事は…………」
我が身を振り返ってみると、確かにそんな事をしていたかもしれない。タカ丸と火薬倉庫を点検しているときも、久々知らしくないミスをしてしまった。他にも、授業中にぼーっと外を眺めていたり、下級生の罠に引っ掛かったりしている。
勘右衛門はニタリと悪戯をする手前のような顔に変わった。
「八左ヱ門と同じく、恋してるんじゃないの?」
「………………は?」
たっぷり時間を置いて、久々知はそれだけをようやく口にした。ポロリと米粒が零れ出ても、それを拭いもせず勘右衛門をポカンと見ていた。この反応には勘右衛門も驚いた。
「ひええぇ!まさか?本当に?恋してるんだ兵助!」
「何言って―――声がデカい!今何時だと思ってるんだ……!」
「むぎゅっ!」
今は皆が寝静まった後だ。久々知は勘右衛門の口に残っていたおにぎりを詰め込んで口を封じる。勘右衛門はハムスターのように頬を膨らませ、しっとりとした米の触感を楽しんだ。
久々知はじと目で勘右衛門を睨む。
「何で恋しているという発想になるんだ」
「もぐもぐ……。だって、兵助がこんなに変になったところ、オレ見た事ないよ。恋は人を狂わせるって言うから、そうなんじゃないかと思って」
「オレが変になった事と恋が結びつくその発想がすごいよ勘ちゃん。オレ、豆腐にしか狂ってないから」
「豆腐には狂ってるんだね」
軽口を叩いていたが、内心久々知は勘右衛門の発言にかなり驚いていた。
(なぜオレが暗殺対象に恋なんてしなければならないんだ……!ありえない。だいたい遊女に恋したって、良い事は何も無いだろう。破滅するとわかっていて踏み込むヤツはいない……)
これがもし恋ならば、普通ではない事を久々知は理解している。遊女との恋など、想像もしていなかったくらいだ。
それに相手はただの遊女ではない。久々知が暗殺しなければならない相手である。これから殺す相手を好きになるなど、滑稽に他ならない。久々知にとって、例外中の例外である。
(……あの人は、どうしているだろう―――って、そんな事はわかりきっているじゃないか)
久々知は先日の茶筒に毒を混ぜた。それを普段飲んでいる事は調査済みである。確実に飲んでいるに違いない。
(だいたい、オレはあの人に対して怒りをぶつけたじゃないか。好いている相手を憎く思ったりするわけがない。何も想っているはずが―――?!)
久々知はここまで考えてある事に気付いた。何も感じていないはずの相手に、怒りという感情を抱いてしまったという事に。
(なぜだ?遊女はオレとは関係ない。生き方も考え方も違う。オレの感情をぶつけたところで、何かが変わるわけもないのに、それを相手にぶちまけてしまうなんて……)
いったい、なぜ?
黙りこくった友人の様子を見て、勘右衛門は心配そうに言った。
「兵助?大丈夫か?顔色が悪いぞ。おにぎり食べ過ぎたのか?」
「いや……大丈夫だ。オレはもう寝る。明日も早いからな」
「え?あ、うん……おやすみ」
「おやすみ」
久々知は着替えもせずにそのまま布団の上に寝転んだ。瞳を閉じると、静寂な夜に勘右衛門が久々知と同様床につく音だけが耳に入った。
激しい運動をしたわけでもないのに、どっと身体に疲れが溢れた。あっという間に瞼が重くなって、じわりと脳内に眠気が満ちる。
「……八左ヱ門は、楽しそうだったよ」
ポツリと呟かれた勘右衛門の声は、とても寂しそうだった。
久々知はしばし黙った後、『そうか』と短く返事をして深い眠りへと誘われた。
眠りの淵に入る手前で、久々知はの事を考えた。
暗殺が成功したのかどうかを確認しに、遊廓へ今一度足を運ばなくてはならない。の物言わぬ遺体を前にして、久々知はそれから目を背けずにいられるのだろうか?
きっと答えは1つしかない。
に毒を盛ってから5日が経った。これくらい時が流れれば、いくら頑丈な人間でももう起き上る事は出来なくなっているはずだ。
(これで良いんだ……。これで、依頼は成功するのだから)
だが、久々知の足は一向に遊廓へ向かおうとしない。の生死を確認し、報告書にまとめて依頼主へ提出しなければならないのに、だ。色々理由をつけて、筆を取るのも拒んでいる始末。
廊下に立ち尽くし、手が若干震えている事に気づいて久々知はぐっと拳を握り、奥歯を噛んだ。
(怖いのか?あの女が死んだところ見届けるのが……?!何を今更……!暗殺など、今までも忍務でやってきたじゃないか!)
イライラは頂点に達してしまそうだった。遊女に振り回されている事実を、久々知は認められずにいる。
空を見上げれば、星が小さく瞬いている。この時間には遊廓へ出掛けていた。そう思うとまた腹立たしくなってくる。
ふと、友人たちの話し声がどこからか聞こえてきた。雷蔵も三郎も八左ヱ門も一緒のようで、何やら盛り上がっている様子である。
(毒虫がまた逃げ出したと、八左ヱ門が慌てていたな)
友人と話せば、少しはこの苛立ちを紛らわせると思い、久々知は声のする方へ向かった。近づくにつれて、3人がいったい何を話しているのかが具体的に耳に入ってくる。それは、最も久々知が今聞きたくない話題だった。
「オレが好きな人は、遊廓の女郎なんだ」
その言葉が久々知の頭に直撃した。雷蔵と三郎噴き出す声もその後の3人の会話も、久々知には届かない。身体が凍りつくように動かなくなってしまう。
遊廓でに怒りを露わにしたあのときのような、殺気めいた怒りが腹の奥から湧き上がってくる。
許せなかった。自分を見ているような気がして。
足音は普段通りで3人に近づく。
「兵助、また忍務だったの?夕飯はもう―――」
「さっき、遊女がどうとか言っていたな」
「兵助……?」
雷蔵の言葉を遮って、久々知は普段以上に静かで低音の声を発する。その張り詰めた久々知の雰囲気に、3人もまた普通ではないと悟った。
久々知は今度こそ足音に気遣う事が出来なかった。大きな音を立てて竹谷に接近すると、座っている竹谷の腕を掴んで無理やり立たせた。
「うわッ?!」
一瞬よろけた竹谷だったが、足を踏ん張ってバランスを取る。
三郎も久々知の逆立った神経を戻そうと軽口を叩き、久々知の肩に手を伸ばした。
「どうしたんだよ兵助、ご機嫌斜めだな」
「うるさい!!」
「?!」
久々知は三郎の手を撥ね付け、竹谷をまるで敵と遭遇したかのような目で射抜く。
「お前少し落ちつけよ」
再度三郎が制止を呼びかけたが、もはや久々知には聞こえていないらしい。
「八左ヱ門、お前は遊女なんかが好きなのか?」
「……兵助?」
久々知の口はもう止まらなかった。今まで腹の奥底に溜め込んでいたものを、ここで全てぶち撒ける。とても黒くてドロドロした、苦い感情だった。
「遊女なんていうものは、男を得るためだったらどんな事でもする卑しい者たちだ。平気で嘘八百を並べ、地位を高める事しか頭にない。好きでも無い男に抱かれても何の後悔もしていない」
あちきは、女郎でありんす故。
「吐き気がする。汚らわしい」
そうだ、吐き気がするほど憎悪する。
遊女とは、とはそんな卑しい生き物なんだ。
と、自分に言い聞かせるように竹谷にぶつける。
その瞬間、久々知は竹谷に頬を殴り飛ばされていた。
「兵助?!」
久々知は殴られたという事実を、受け身を取るまで気付かなかった。とっさに受け身が出来たのは、日頃の鍛練で勝手に身体が動いただけだった。もし忍者を目指していなければ、確実に久々知は無様に床へ倒れ込んだだろう。
拳が思い切り入った頬は赤く染め上がっているだろう。襲ってくる痛みに呻き声を上げるより、拳を今だ解かずに見下ろしてくる竹谷に全意識が集中した。
「兵助、確かにお前が言う通りで遊女は汚くて吐き気がする生業だ」
あなたは、金のためならどんな男にも足を開く、汚らわしい女だ……!!
「けどな、暗殺も請け負う忍を目指すオレたちに、それを言う資格なんてねぇんだよ」
素直な方は、好きでありんすよ。
サーっと血の気が引いていく音が聞こえてきそうだった。
は、どんな思いでああ言ったのだろう?自分と同じくらい、いや、それ以上に汚れた者にそう言われて。が怒り狂って声を荒げてもおかしくない場面であった。
久々知は自分が言った事の意味を完全に理解していなかったが、それをは知っていた。
侮辱されて言い返せなかったわけではない。
全ては、久々知を傷つけないようにするために。
「くそ……ッ!!」
久々知はそう吐き捨てて、廊下を駆け抜けた。自室に一度戻り、乱暴に引き出しの奥を引っ張り出す。丁寧に口を結わえられた小さな巾着を手に取り、自室を飛び出した。
学園を出て闇夜の中、久々知は月と星の下をひたすら全力で走った。
目指す場所など、もちろん決まっている。
華屋のの部屋では、新造が青い顔をして布団に横たわるを見つめていた。不安に揺らぐ瞳には、新造よりも血の気が引いているが汗を額に滲ませていた。苦しそうに息を吐き、また吸っている姿は、ただの風邪とはもはや思えなかった。
「姐さん……しっかりしてくんなんし……!」
水の張った桶から手拭いを絞り出し、の額に乗せてやる。けれども冷たいはずの濡れ手拭いは、の額に乗せた途端ぬるくなってしまうのだ。血肉刺の出来た指先を労わる事も忘れ、新造はの回復を願い、手拭いを取り換えてやる。
手拭いの冷たさに、は薄らと意識を取り戻した。息を乱しながら、天井から新造に視線を移した。
「姐さん……!気がついたんでおざんすな!お待ちくださいなんし、今お医者様を呼んで―――ッ」
突如、新造の背後から2本の腕が伸びて、新造の口を白い布で覆い隠してしまった。そして、瞬く間に新造はガックリとその場に身体を横倒しにしてしまう。瞳は硬く閉じられ、小さな寝息が聞こえてくる。
は倒れた新造に驚き、身体を起こそうとするがもはやそんな気力は残っていなかった。新造にいったい何が起きたのか?その答えは現れた影が教えてくれた。
「……眠っているだけです」
を見下ろしているのは、自分に暴言を吐いた久々知だった。だが、意識が熱と痛みに支配されているには、脳が上手く働いてくれない。薄明かりの中、久々知のぼんやりとした輪郭だけが識別出来る程度だった。
久々知は新造の口に宛がった布を懐へ仕舞い、の傍に座った。
薔薇色だった肌は生気を失い、目の下には青黒いクマが出来てしまっている。力なく呼吸する喉が時折苦しげに詰まり、呻き声を上げていた。紅の引かれた鮮やかな唇は、今や死人のようだ。それでも、久々知を見つめる瞳だけは穏やかで、毒に侵されても微笑む事を忘れない。
は絞り出すようにか細い声で言葉を紡いだ。
「主様は……、どちら様でおすか……?お見苦しい、とこ……お見せして、申し訳、ありんせんなぁ…………」
久々知は、唇を噛み締めて何かに耐えていた。
久々知はの熱い手をぎゅっと握り絞める。すると、僅かにの手に力が籠り、握り返してきた。久々知は目を一瞬だけ見開いて、再び唇を噛む。噛んだ唇から一筋の血が顎を伝った。
から一度手を離し、ぐったりとしているの身体を支えて起こした。の白い首筋に汗がつっ……と流れ落ちる。腕から伝わるの身体は、燃える火と同じ体温だった。それにとても軽い。
意識が朦朧としているせいで首が据わらないため、ピッタリと久々知が身体を寄せて腕を首の後ろに回す。このままぎゅっと強く抱き絞めてしまいたい衝動を抑え込み、久々知は懐から自室の引き出しから引っ掴んできた巾着を取り出した。和紙に包まれた薬である。それを前にしても、は何がどうなっているのか理解出来ていないらしく、ただ茫然としながら久々知の動作を見つめていた。
(何が……起きているのでありんしょう……?)
呼吸をするだけで精一杯の身体で懸命に考える。
すると、五感が鈍ってしまっていたが、はこの人物から全く匂いがしない事に気付いた。こんなに至近距離にいるならば、何か匂いを感じ取れるはずだというのに。
匂いがしない人物で、思い当たるのはただ1人。
「も……しや…………へ、い……」
「!」
久々知はの言わんとしている事にハッとなって、辺りを見回した。の枕元には、びいどろの水差しが置いてある。その隣には、同じびいどろの器に水が半分ほど入っている。
口に粉薬を含み、器の水も一緒に口へ入れると、久々知はカサカサになったの唇へ自分の唇を宛がった。
久々知の体温で温まった水が舌と共に入ってくるのを感じて、は思わず舌で押し返してしまう。水と混ざり合った薬は、緑茶の葉を直接口に入れられたみたいに苦い。苦しさから僅かに残った力で抵抗する。
「は……、っん……ぁ……!」
「ん……ふっ………」
久々知はの舌を絡めて、喉の奥へ薬の溶けた水を構わず押し込んだ。やがて水は無くなり、が全て飲み込んだ。
しかし、久々知はそれでも口付けを辞めようとしなかった。夢中になってに口付けし続ける。時折響く、ちゅく……っという互いの唾液が混じり合う音が、頭に響いてくらくらした。
(何をしているんだオレは……!早く、離れなければ……っ)
だが、久々知の考えとは裏腹に深くに浸食していく。思考と身体が合わない、まるで獣にでもなってしまったかのようだ。
久々知が口付けを繰り返している最中、の部屋に近づいてくる足音が聞こえて来た。複数あるこの足音は、きっと医者を連れてきたのだろう。
久々知は弾けたようにから離れる。それから直ぐにを布団へと寝かせ、侵入経路の天井裏へ飛んだ。疲労からか、は瞳をしっかりと閉じて眠っている。
「酷い事を言って、すみませんでした……」
久々知は他の誰にも聞こえない声でに呟くと、静かにゆっくり天井板を閉じた。