拍手ログ2 ちょびっツパロ


<善宝寺伊作編>

ときどき眠りが浅くて起きてしまう。そうすると再び眠る事が難しかったので、眠くなるまでの間読書をするのが習慣になっている。だから、あたしは夜中にコンビニへ読書のお供を買いにこうして出かけるのだ。
今晩のお供は新発売のアップルティーとアップルパイというリンゴ尽くし。これで当分はリンゴを見なくても良さそうだ。
気分上々に自宅へ向かって歩いていると、チカチカと点滅している街灯が視界に入ってきた。随分古いのか、今時のLEDではなく、オレンジ色のハッキリしない灯り。その下に、青いゴミバケツや黒いゴミ袋がいくつも乗っかっている。これならどこの道端にもある光景だ。しかし、今夜は何かが違っている。
あたしはやけに大きなゴミ袋がある事に気づき、じっと凝視した。そのとき、突然ゴミ袋がガサガサと音を立てて激しく動き出したのだ。そして、袋から何かが出てくる!咄嗟にあたしは叫びながらその袋から出てきた物を殴りつけた。

「ぎゃー?!」
「ぶはっ!」
「……え?」

良く見れば、ゴミ袋から出てきたのはオバケではなく、男の人だった。多分、20歳前後。あたしに殴られて痛そうに頬を押さえている。

「ごっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」

夜中なのであたしは小声で謝った。男の人はへらっと気の抜けたような困り顔であたしを見上げる。

「あははは、大丈夫……。驚かせてごめんね。手は痛くない?」
「あたしの手より、殴られたあなたの方が痛いはずですよね?本当にごめんなさい!」
「大丈夫だよ。僕、殴られても痛みなんて一瞬しか感じないからさ」
「え?」

さらっと言う男の人の言葉に、あたしは違和感を感じた。男の人はあたしが戸惑っている様子を見て、自分の耳を指す。接続端子を仕舞うための、人間には無い耳の形。それからようやくあたしはこの男の人が人間ではなく、パソコンだと理解した。

「あなた、パソコンだったんですね」
「うん」
「でも、どうしてこんなところに?ここ……ゴミ捨て場ですよ?」
「僕は捨てられたみたいだ。何かの拍子に起動スイッチが入って目が覚めたんだと思う。まだ少し電気が残っていたんだね」
「そんな……、捨てるだなんて酷いです」
「別におかしな事じゃないよ。僕はパソコンの開発施設にいて、古くなって誤作動を起こすようになったから処分されただけなんだ。だから、キミがそんなに悲しそうな顔をする事なんて無いよ」

人型パソコンをあたしの家では持っていない。でも、見た事はある。人間にそっくりで、でもパソコンという物。人型パソコンを持っている人たちは、どうしたら物みたいに扱えるのか、不思議だった。

「は〜〜〜……、流石にショックかも。僕の感情データも全部ちゃんと消してくれれば良かったのに……。捨てられるのは仕方ないけれどさ、パソコンの開発業界の人間として、データをきちんと初期化出来ないのはどうかと思うよ」

パソコンって、こんな風に愚痴を言ったりするんだ。
人間にしか思えない。

「あの、これからどうするんですか?」
「これから?ゴミ収集車が来るのをここで待つよ。僕はもう何の役にも立てないパソコンなんだから」
「え?!そんな!だったら、あたしと一緒に来て!」
「へ?」
「あたしの家、丁度パソコンがそろそろ欲しいと思っていたんです。あなたのマスターがあなたを捨てたなら、あたしが今度は拾います。だから、家に来てください!」
「でも、僕は回路が傷ついているせいで、何も無いところで転んだり、車に轢かれたりするよ?」
「あたしの親戚に、パソコンを開発していているお父さんがいる人がいますから、きっと直してもらえますよ」
「新しいパソコンを買うより良いかもしれないけれど、中古だったらちゃんとしたのが売っているじゃないか。何も僕じゃなくたって―――」
「あたしは、あなたが良いんです」
「!」

明らかに、彼は驚いた顔をした。それから、泣きそうな顔で立ち上がる。あたしはそんな彼に手を差し伸べた。

「あなたの名前を教えてください」
「僕は、伊作」

彼―――伊作はあたしの手を取った。ぎゅっと握る掌から、人間みたいな温もりを感じて、あたしは自然と笑顔になる。
運命を感じた。

「宜しくね、伊作さん」
「こちらこそ宜しく。僕のマスター」

伊作さんは嬉しそうに笑ってくれた。
パソコンは物かもしれない。でも、その物に情を感じる人がいる時点で、彼らに命が吹き込まれる。
特別な存在になるんだと、あたしは思う。















<綾部喜八郎編>

決算前の忙しい日々。出張先からやっと帰宅出来たとき、もう深夜零時を過ぎていた。もう家族は眠っているだろうから、そっと玄関の鍵を開けて自宅へ入る。
疲労がピークになっていて、もう足はフラフラだ。だけどここで倒れるわけにはいかない。私は自分に鞭打って履き慣れたパンプスを脱ぐ。
次は靴箱を探さなくてはならない。暗闇に目が慣れているとはいえ、靴箱の取っ手を探すのはこの状況だと難しい。照明のスイッチを手探りしていると、突然パッと辺りが明るくなった。振り返った先に立っていたのは、きちんとパジャマを着た我が家のパソコン―――喜八郎だった。

「起きてたの?」
「はい。というか、パソコンは眠ったりしませんので」
「まぁ、それもそうね」

電源を切ると、人間で言う眠った状態なのだろうけど。きっとお父さんが私の帰りが遅いのわかってて、喜八郎に出迎えを頼んだんだろう。私と比べ、喜八郎は眠そうな様子は無い。
喜八郎は私の代わりにパンプスを靴箱に仕舞ってくれた。大きく膨らんだ手提げ鞄を難なく持ち上げ、私の部屋まで運んでくれる。喜八郎の後ろをついて階段を上った。

「ありがと〜。もう本当に疲れてて……」
「お風呂どうしますか?一応沸かしてありますよ」
「朝でいいや。ごめん。眠気が優先って感じなの」
「お疲れですね。でも、化粧だけは落とした方が良いですよ。明日ニキビが出来ちゃっても知りませんから」

確かにメイクは落とさずに寝るとダメージを受ける。前にそれをやってしまい、酷い目にあった事があるのを喜八郎は記録してあるみたい。
私は部屋で上着を脱ぎ、洗面所へ行って顔を洗った。メイクを落とせば、血色の悪いクマのある自分がいた。
喜八郎は私にタオルを渡してくれた。ふかふかで、太陽の匂いがする。そうしたら、何だか自然と涙が零れた。タオルを押し付けて顔を隠しても、喜八郎は気づいているだろう。

「喜八郎……、私ね、また仕事で失敗しちゃったの」
「そうですか」
「うん。お父さんのお店を継ぐのも考えなかったわけじゃないけど、やっぱり外の世界を見たかった。だから、今の会社にいるけれど……」

残業が続き、その疲れもあって取引先で失敗をしてしまったのだ。本当につまらないミスだった。それも3度続けて。

「……私、自分がパソコンだったらなって思う」
「パソコン?」
「そう。パソコンだったら、喜八郎みたいだったら、失敗なんて絶対にしない。完璧でいられるんだから」

お父さんのお店を手伝う喜八郎は、失敗なんてした事が無い。パソコンは、プログラムされている通り完璧に動ける。

「パソコンは失敗に対する怖さも無い。だって、失敗しないんだから」

我ながらバカな事を言っているとわかっている。でも、言わずにはいられなかった。喜八郎に言ったところで、どうにもならないけれど、口が勝手に動いてしまう。
喜八郎はポンと私の頭に触れた。驚いて顔を上げると、いつもの無表情な喜八郎がいた。

「僕は、人間の方が良いと思います」
「……どうして?」
「僕たちはプログラムされていれば何でも出来ます。でも、プログラムされていない事は何も出来ない。『成長』は出来ないのです」
「!」
「人間のように失敗はしませんが、失敗してそこから這い上がる達成感というものは理解出来ません。僕には心が無いから」

私は、喜八郎に何を言わせているんだろう?

「喜八郎、ごめん。喜八郎に酷い事言わせてるよね、私」
「いいえ。事実を言ったまでの事です」
「そんな事無い。だって喜八郎……、痛そうな顔をしているもの」
「僕が?」

パソコンは表情豊かになるようプログラムされているタイプもある。喜八郎はそうじゃないけれど、でも、今の喜八郎は痛そうに見えた。
私はそっと喜八郎の手を両手で包む。そこから伝わる熱は人のものじゃないけれど、温かい。自然と笑顔になれた。

「喜八郎のお陰で元気出てきた。ありがとう」

今度こそ、喜八郎が笑う。

「そうですか。それは良かったです。貴女は元気なのが1番だと思いますよ」

心が無いと言った喜八郎の言葉は、いつか撤回される日が来るかもしれない。
















<立花仙蔵編>

今日はパパと一緒に某テーマパークで久しぶりに過ごす事になっていた。パパは外交官で毎日忙しくてあたしと一緒に過ごす時間なんて殆ど無い。だからとても楽しみにしていたのに、パパの代わりにロールスロイスで現れたのはサラサラの髪を靡かせた綺麗なパソコンだった。

「お嬢様、申し訳ありません。本日お父様は急に仕事が入って海外へ―――」
「言い訳は良いわ。ようするに来られなくなったんでしょ?」
「はい」

テレビで報道陣に囲まれていたときにパパの隣にいたパソコンだ。いつもサングラスをしていたからわからなかったけれど、こんなに綺麗な顔だったのね。
パパは仕事でいくつものパソコンを持っている。1体くらいあたしに貸しても構わないと思ったんだと思う。

「あなた、パパのパソコンよね?」
「はい。私は仙蔵と申します、お嬢様。お父様専属のボディーガード兼秘書をしています。以後お見知りおきください。……お父様からです」

仙蔵の瞳がさざ波の様に揺らめきながら光る。どうやらパパからの着信らしい。電話をする余裕は出来たみたいだ。

「出るわ、繋いで」
「承知しました」

仙蔵の瞳が緑に変わり、仙蔵の口から仙蔵の声ではなくパパの困ったような声がした。何度見ても姿と声が合っていないのはおかしく感じる。

「『悪い、また仕事が入ってしまってそっちに行けそうにない!』」
「……気にしないで。いつもの事じゃない。仕事頑張ってね」
「『本当に悪かった。埋め合わせは必ずする』」
「期待しないで待ってる。じゃあね」

パパはいつもそう言う。今日も前回の埋め合わせだったのに、ダメだったじゃない……。
通信が切れて仙蔵の目が黒に戻った。

「お辛いでしょうね。お察しします」
「パソコンにあたしの気持ちがわかるっていうの……!?」
「申し訳ありません」

こんなの八つ当たりだ。わかってる。パパの仕事は他の人じゃ出来ないし、簡単には休めない。だけどあたしはまだ12歳で、他の子みたいにパパと遊んだりしたかった。ママのいないあたしにとっては、パパは唯一の家族だもの。

「お嬢様」
「何よ?」

仙蔵は急にあたしの前に膝をついた。あたしの方が少し背が高くなる。下から覗き込むようにして仙蔵はゆっくりと語りかけてきた。

「お父様は1番の側近である私を選んでお嬢様にと寄越したのです」
「1番の側近……」
「そうです。秘書としてもボディーガードとしても1番の私を、です」

適当に1体選んだのだとばかり思ってたのに……。

「でも、そうしたらパパが困って……」
「お父様は仕事でお出かけですが、その分最大限に出来る事をされています。お嬢様が大切だからですよ」

仙蔵は柔らかく微笑んだ。

「私はパソコンで、プログラム通りにしか動けません。しかし、そのプログラムの最優先事項はお嬢様の事です」
「あたしの?」
「どんな事があってもお嬢様をお護りする。それが本日の私に課せられた重要な仕事です。ですから今日は、お嬢様のお伴をさせてください」

仙蔵はきゅっとあたしの手を握った。再現された人の体温だとわかっているけれど、とても温かい。あたしはその手を握り返す。

「わかったわ、仙蔵。今日はあたしと一緒に思い切り楽しもうね」
「はい、お嬢様」

パパと一緒も良いけれど、仙蔵と過ごすのも悪くないかもしれないと思った。


2018.12.31 更新